FC2ブログ
ナムギル漢陽都城エッセイ3

ソウルの昔の地図を見ていると、ここが自然生態都市だったと考えさせる。
あえて木を縫って本来の地形を変形させなくても、山脈に沿って道を出して、
その土地の下に流れる川を遠まわしに村が形成された。
そのそばにある小さい脇道ら。その時はそんな静かな小さな道が当然だった。


もちろん、産業化が、開始する前と今を比較することはできないだろう。
それでも一度私たちが本来持っていた風景を見て回ろう。
都城の城門の中と外に出ている土の道と、城門の周囲に出た市場と藁葺きの家たち、
その村に道を行っていた人たちが通った道を絵を描くように描いてみよう。
旧朝鮮の道を考えてみると、当代にすべての空間は今、踏んでいる土地と木、
河川そのすべてのものを含める、自然さを害さないて話し合う姿の中に位置した。

|昔の地図の中の生態都市、漢陽

何より、その時は漢陽で東西南北のどこに行っても、城壁と城門が健在だった。
首都を守る内四山を補佐する守護神のようにその堂々とした城の石一つ一つが
生き生きした。 そして、間違いなくその傍で、生い茂った緑...
実際に漢陽都城の景観も都城の一部とされたからこれを保存することは、
都の崩れた石を補修することと同様、重要に考えたと。

このように四方が山に囲まれた盆地の地形を利用して建てられた
旧漢陽(ハンヤン)都城の姿を頭の中に描いてみよう。
そして、今みても当代漢陽の姿を鮮明にした昔の地図をよく見ている。

昔の地図は、都城を基準に成り立った。
当時、漢城を行政区域上で、漢城(ハンソン)府とも呼ばれたが、
漢城(ハンソン)他の地域を包括して呼ぶ言葉だった。
すなわち当時の都城中と洛外'ソンジョ十里(城底十里)'までが、
漢城(ハンソン)府の管轄区域だった。
'ソンジョ(城底)'は城の下あるいは城の外を指す言葉で、十里(十里)は城門を基準に、
約10里(4km)のところに該当する地域を指す。

ジャドソンジ三江図(自都城至三江圖)。朝鮮後期の都城から三綱(三江)に達する
ソウルとその周りも(周邊圖)。作者未詳。ソウル大学奎章閣(奎章閣)所蔵。

漢陽(ハンヤン)とその周辺地域を描いた(自都城至三江圖)'を見ると、
当代都城の内と外の姿が一目で見ることができる。
一つの地球儀のように都城を中心に円を巻いたように垣根に落ちた都城と城門
その外に網で連結された河川と山脈が鮮明だ。
地図で一番大きく見える青い水流が、漢江(ハンガン)で、ここで指導左に見える河川は、
沙川、今、一時河川と呼ばれる河川だ。 右河川は中浪川だ。
まさにこの西の一時河川と東の中浪川までがおよそ洛外約10里(4km)以内の地域である。
この区域は言い換えれば、朝鮮版グリーンベルト洛外ソンジョ十里内では墓づくりを禁じて、
伐木を禁止したが、特に国家国防と建築の主要な木材の松の木斬れなくする
コウヤマキ(禁松)制度があったという。

|漢陽は、それ自体が自然だった城郭都市

このように、漢陽の行政区画区分法とその運用基準はいつも自然に置いた。
そんなに漢陽は首都そのものが自然だった城郭都市だった。
しかし、私たちはあまりにも長い間この都市が自然生態都市であり、
城郭都市だったという事実を忘れて生きてきたのではないか。
どうしようもない歳月に削られて消えて今はその本来の跡を判断するのが容易でない今、
昔の漢陽(ハンヤン)都城の姿を今の寸断されて消えた道の上に心の目で、
当時の姿を描いてみている。
そばにはこのような昔の都城の地図を置いて一つ一つ今の風景と重なってみると、
旧道が都城の城壁と城門を通じて、現実になるだろう。


そんなにまだ我々は漢陽都城のあちこちに埋まっている当代の宝石のような話が
発掘されことを待っている。
今は仕方がなく、あちこち切れた城壁のために城郭都市の姿が多く姿を消したものの、
まだその記憶を漢陽都城が守り続けている。
だからこれから漢陽が、城郭都市であったことを、
ソウルここは依然として城郭都市であることを念頭に置き、
本格的に都城とそのそば城門にまつわる裏話を発掘しようとしている。

|その記憶を漢陽都城が守り続けている

しかし、その痕跡を見つけるのにあまり心配する必要はない。
もう少しだけ手を伸ばせばこの話はそんなに古くなった記憶ではない。
都城を基盤とした私たち本来の地理的観点は解放前後までも鮮明だった。

白凡・金九(キム・グ)の'白凡逸志'では
"年老いた体を自動車に頼ってソウルに入ると危惧した山川が嬉しいように私を迎えてくれた。
私の宿舎は塞門の外チェ・チャンハク氏の家です"と書かれている。
ここでいう'塞門の外の家'とは、当時、金鉱を運営して富豪になったチェ・チャンハクの
住宅だった京橋莊'を表現したのだ。
塞門は、敦義門の位置が何回も変更され、新たに建てられたことによって、
'セムン'漢字名で'新門'と呼ばれていたことから由来されたという。
敦義門一帯の新門路という地名も'新門'、'セムン'と呼ばれたその特別な名称から来たものだという。



このように、わずか数日前まで人々に都城は、ソウルの空間を説明する
重要な基準と認識した。
これはキム・グ先生が言及したセムン、つまり敦義門も取り壊され、
その場所だけが残っているが、いつか人たちの口から口へとあるいは
記録と呼ばれたその長い間の名前を呼んでみる。
まるで、普段のように友に約束場所を教えるように今回私たちの、
新しい門の外のどこどこで見てみよう。
そんなにその古い名前をもう触るように歌って漢陽都城が持った敍事の力を再度振り返ってみる。
長い城郭都市であるソウルを長い間首都として存在するようにする漢陽都城
漢陽都城はその城壁と城門に沿って、内四山の稜線に沿って流麗につながる
朝鮮八道すべての話が依然として流れている。
そんなに博物館ガラスの壁の中に剥製された遺物がなく今、依然として生きている
平凡な道として私たちの時間を証言している。
もうみんな一緒に漢陽(ハンヤン)都城の姿を心の中に描いていき、昔の地図をそばに置いて
都の城門である四大門サソムンを一つ一つ開いてみよう。
そうしたら、いつのまにかほこりだらけの昔の地図が単に陳腐な記録物でなく今、現在の
有用な宝の地図という事実を感じるようになるだろう。
過去と現在が共存する空間を探して。
byキム・ナムギル





うっ。。。目がぁ。。疲れたよ〜ナムギルソンセンニム。
いつものように全編、翻訳サイトを使ってるので
変なところあるかもしれずすみません。
でも、あまりに違う内容になったら嫌なので複数のサイトを
組み合わせて、なるべく意味が通じるようにしました。

今回は古地図を携えて歩いているナムギルさんが浮かんでくるような
お話でした。当然、いろいろと勉強したのでしょうね。
同じアジアでも日本には城壁がないですよねぇ。城郭都市みたいなものが。
そのせいか私にとっては新鮮というか物珍しい感じがします。
古の朝鮮はそれだけ、外国からの脅威にさらされていたということなんでしょうか。

古地図と見比べながら歩くって楽しそうですね。
思ったほど変わっていない!という発見があると嬉しいでしょうね。


[2016/09/29 16:55] | Gil Story | トラックバック(0) | コメント(0) |
ナムギル漢陽都城エッセイ2


見知らぬ所を旅行してみると,一人で言葉が多くなる時がある。
必ず誰かがそばにいるかのように。新しい空間が与える刺激のせいだろうか?
その未知の世界には新しい物語が隠れていて、
今とはまた違った瞬間に会うことになるという期待を考えさせられる。

そう普段私自身も気づかなかった私の中の人を見つけさせる。
結局、自分を幸せにすること、自分を不幸にすること、このすべての瞬間を
見えないように運用してきた私だけの価値は何か、考えさせる。


ㅣ私だけの価値は何だろうか

漢陽都城は私たちにそのような満たされた対話をするよう斡旋している。
この静かな旧道を黙って歩いていると、到底速射砲で降り注ぐその質問を
無視することができない。 そもそもこの旧道にはそんな力があった。

朝鮮八道すべての道は漢陽(ハンヤン)に通じて漢陽都城に着いた。
城門には絶えず人たちが行き来してその多くの足跡で擦り減った土の道には
人の生きる多彩な話が刻まれた。
そんなに当代の数々のストーリーは口から口へと、記憶で記憶に伝わってきたのだ。

その切れたように続く道一つ一つに刻まれた平凡ながらも特別だった話は
今私たちの世界を、時代をまた別のやり方で見つめさせ、
結局は私のところに行く道を見つけるようサポートする。

特別でも非凡なかった私たち普通の人たち。
いつか同じ学校、同じ教室に同じ世代を共有した私の友達、
私を私として存在する初の土壌になってくれた家族、
再び家族で家族で連結された私たち、
そのすべての隣人らが持つ本来の力を考えさせる。


ㅣ私のところに行く道

彼らは皆各自の道をつけてきた。 その道には自然にその時代の考えが
込められて命が集まって、それだけで一つの世界を作る。
それはすぐに一つの時代であり、歴史だった。
しかし、今はそのすべての人々に対する関心、
たった一人の小さくて些細な話について
温かい視線が希少になった。
今'家族''私たち'という優しい言葉がその語感も不慣れに感じられる。

何でも近く'共にする''同行する'は意味を辞書で見つけることができるかも、心では到底理解できない時代が来るかもしれない。 すでに今も気まずくないか? 共同の空間を共有するということ、一つの共同体の中で生きること、一緒にお互いの人生を助けるという

今私たちは完全に各自の空間に生きて幾重にも分離された時間の中で暮らしている。
ニュースではますます孤独死の話が増えて、老若男女が社会的疎外を心配する。
個人の暮らしの質を決定する幸福の条件に対する悩みを越えて、
一緒に'同行'するということについて真剣に答えを
探さなければならない時が来たのではないだろうか。

ㅣ生活の質を決定する幸福の条件

漢陽都城の城郭の村では、それでもっと特別だ。 そうだ。 我々は特に運が良かった。
今はソウルで消えてしまった小さい抜け道と路地を持つ、にぎわいある村。
住民たちが町を愛を感じて、すぐに誇らしくて保存することを望む村。
村のど真ん中の台に三々五々集まって日常を共有することをいとわず、
隣人たちと一緒にご飯と心を交わす小さな空間を持っている、
そのように喜んでともに共有する時間を守ってきた人たちが親しみを感じさせる。
記憶の向こうに薄れていったが優しい風景を漢陽都城に寄り添って
再び力一杯たて起こしてみたい。


600年を超える長い時間の間、漢陽都城が残してくれた私たちの生の記録、
山や野原と小川の水と共にしたその些細な人生の喜びを分かち合うべき時を
これ以上遅らせるわけにはない。
まるで草花を育てように詳しく見て、よく見て、また見て手入れすると、
いつまでもこの頼もしい城めぐりと一緒にいるという温かい想像をしてみている。

漢陽都城と600年を越えて同行した普通の人々の跡を思索しながら、
わたしを私としているようにしてくれる私だけの価値も相まって探すように
なることを願ってみる。
byキム・ナムギル


[2016/09/29 12:18] | Gil Story | トラックバック(0) | コメント(0) |
ナムギル漢陽都城エッセイ1 続き
ナムギルのエッセイ漢陽都城十人十色もエピソード3まで進んでいますが
ついていけていません。続きを記録しておきます。




その小さな抱擁だけで世の中の全ての光をどのような不安なしに受け入れられた
純粋な時間

私の忘れていたあるいは忘れてしまった時間を
矛盾性が出した道に沿って記憶してみる。
路地ごとにどのような話が残っている道、
混んでいる人たちの涙と笑いが浸透している道、
いつでも楽に探してゆっくり歩く道、そんな息づく空間が与える多彩な話が懐かしい。
どのような目的なしに歩いて途中しばらく立ち止まってその道の中に
盛り込まれた豊富な時間について話する、
それで休まず走ってきた日常で私だけの価値を考えさせるそのような、
休符と同じ道を歩けたら
私たちは少しでも休むことができるだろうか。


私たちはすでにそのように美しい道を持っていた。


そんなに漢陽都城はその姿そのまま、今も依然として宝石のような話を抱いている。
ただ少しだけもっと身近に近付くと、誰でも到着できる所にあった漢陽都城。
城の石一つ一つに刻まれた時間の豊かさを想像しながら喜んで
自分のものにしてみている。
山で山と川の水が流れるように尾根より、
自然に下りている城壁のそばに集まった愛情村。
その道では特に何かしなくてもその日一日がいっぱいになった記憶。
そしてその道で会った私の母。
あまりにも慣れてなんとなく、当たり前ように生きた漢陽(ハンヤン)都城の中で、
その姿あまりにも似ていた私の母。


漢陽都城は'母'だ



最初からいつも私のそばにいたが忙しい日常の中に見えなかった、
ゆっくりと見つめると初めて見える顔。
幾重にも重なり合った永劫の時間の中で出会い、
お互いの重さを支えながらお互いに寄りかかっても押し出さずに
時には激しい風雨に削り割られても角張った石だとけなさずに抱いてくれる顔。
私があえて選ばなくても。。。 私が勤めて頑張らなくても。。。
私を巡る垣根になってくれ、私を私として価値あるものに輝かせてくれる。
あなたは私の母。
byキム・ナムギル





最初にこれを読んだ時に、感動しました。
特に最後のところがとてもいいです。。。。
そうだよね。本当にその通りだよね。

漢陽都城を歩いてこんなことを感じ取れる
ナムギルの心が素敵すぎて
また、もっと、好きになりますね。

[2016/09/29 12:02] | Gil Story | トラックバック(0) | コメント(0) |
漂流するパンドラ
原発事故の扱った'パンドラ'1年封切漂流。慶州地震まで不安
記事入力2016.09.26午前11:58

[チョンヒョンファのビハインド芸能ストーリー]
[スターニュースチョンヒョンファ記者]



キム・ナムギル、キム・ミョンミン、
文貞姫(ムン・ジョンヒ)、チョン・ジンヨン、キムデミョン、金ヨンエなど
映画'パンドラ'出演俳優/写真=マネートゥデースターニュース


100億ウォン台の映画が1年間漂流中です。 100億ウォン以上を投入した
韓型ブロックバスターが1年間、
公開日すら決めずにいます。
おそらく今年は間違っています。

'パンドラ'の話です。
'パンドラ'は'ハリガネムシ'で
451万人を動員した朴政佑(パク・ジョンウ)監督の新作です。 2015年3月撮影に入って苦労に苦労の末に同年末、
撮影を終えました。
キム・ミョンミン キム・ナムギルの
文貞姫(ムン・ジョンヒ)など、良い俳優らがあまねく出演しました。
それでも'パンドラ'は公開日を1年目つかめなくなっています。
このくらいの規模の映画なら、
通常、夏のシーズンや冬シーズンを獲得するものです。
しかし、'パンドラ'はまだ後半作業中というのが公式の立場です。

事実理由は単純です。 'パンドラ'は原子力発電所に危機が迫って起こることを描いた災難ブロックバスターです。
朴ジョンウ監督の前作の'ハリガネムシ'のように未曾有の災害が起こって
その中で多様な人間群像が経験する話を扱った映画です。
それでも'パンドラ'は原子力発電所に危機が到来するという設定のため、撮影から投資に、開封まで難航しています。
'パンドラ'は当初、釜山(プサン)地域で
大半の分量を撮影する計画でした。
機長郡にセットを建てることにしたが、放棄して江原道(カンウォンド)を転々、
あちこちで撮影をしなければならなかったです。 古里原発近くというのが刺々しい
という理由のためです。
原発周辺の他の地域でも撮影場所を
交渉するのが不如意でした。
そのようなことができます。
刺々しいこともあります。

'哭聲'も映画の暗いイメージが
該当地域に悪いイメージを抱かれるか、
見出しそのものに、地域名と異なった漢字を併記しました。 それでも' 哭聲'撮影は
哭聲でしました。


パンドラ'の困難は
それだけではありません。
投資するようにしたファンドで、
釈然としない状態で返還しました。
投資配給会社NEW側は
"投資をしそうだったが、ある日突然、
却下された"と吐露しました。
母体ファンドは、政府が出資するシードマネー性格で公共資金です。
この10年間、映画半分ほどに
投資しました。
2015年初めから投資意思決定機構という制度が導入され、個別の映画投資審議に出ました。
映画界ではこの機構が設置されてから
政治的な素材映画は母体ファンドから投資をしないと不満を吐露しています。

必ずそういう理由からかは分からないが、NEWは母体ファンドの代わりに、
他のところで'パンドラ'投資費用を求めてきました。 紆余曲折です。
紆余曲折の末に'パンドラ'は撮影まで終えました。
その間映画界ではNEWが'弁護人'で
つけられてかろうじて'延坪(ヨンピョン)海戦'で挽回したが'パンドラ'で
再び憎まれたという噂が広まっていました。 誰が憎まれたのか、主語はありません。

こんなに作り出した'パンドラ'だが、最近、再び悩みが多くなっています。 慶州で大規模な地震が起こると、封切りを果たしてできるだろうかという、いや、封切りをしても良いかという、
悩みに陥ったのです。
NEW関係者たちはその間、慶州(キョンジュ)蔚山付近で地震が起きるたびに胸を気遣いました。 もし大きな事故が起きたらどうかという心配だったのです。
さらに今回、慶州で大きな地震が起こると、このままでは、100億ウォンが入った映画を終えて封切りしていないのではないかと心配に陥りました。

'チャイナ・シンドローム'という映画があります。 1979年映画でしょう。 原子力発電所のメルティング問題を扱った映画だが、この映画が公開した後、間もなく実際、米国ペンシルバニア州のスリーマイル島原子力発電所で類似の事件が起こり、大きな話題を集めました。
メルト・ダウンという原発事故が起こるとき、原子炉が冷却装置の故障で過熱されて溶ければ、このとき熱が原子炉がいる土地までずっと溶ける現象のことをいいます。
この場合、その熱のために西欧の基準で地球の反対側にいる中国まで突き抜けていくと考えて付けた単語がチャイナ・シンドロームです。

幸い、スリーマイル島原発事故は危うくメルト・ダウン直前に止まりました。 その事故で原子力発電に対する警戒心が高まったんです。安全装置もたくさん作られたんですって。

韓国はどうでしょうか?
原子力発電事故に対する映画が作られて
警戒心を起こるようにして安全装置に対する世論を喚起するというのは、とても多くのことを望むようです。
封切りさえ不透明だからです。
さらに'パンドラ'では事件解決のために孤軍奮闘する大統領が登場してもそうです。 キム・ミョンミンが引き受けた役です。

映画は時代を入れます。
ブロックバスターでも、独立映画でも、
社会批判ドキュメンタリーでも、
時代の空気の中で作られます。
'パンドラ'は災難ブロックバスターです。 災難状況で広がることを描いたブロックバスターです。
目標はより多くの観客であって、
滞在批判ではありません。
原子力発電所問題に対する警戒心ができるならば、おまけでしょう。 そのような映画が封切り日程さえ不透明だということは
とても残念です。 それはやはり時代の空気のためでしょう。 慶州地震が起きた後原子力発電所に問題はないという発表がずっと出ます。 それだけ原子力発電所に対する心配が大きいという意味なのです。

今'パンドラ'が公開するなら、
まるで時代を照明する映画になるようです。 意図しなかったのに。 時代の空気が、意図しなかった政治的な意図を作っているようです。

NEWは'パンドラ'を来年初めぐらいに
公開することを慎重に検討しています。
それさえも地震の影響が継続されればどうなるかは分からないことです。

'チャイナ・シンドローム'は時代を
照明する映画になりました。
'パンドラ'はどうですか?
何であれ、封切りしたらと思います。
判断は観客がすべき仕事です。
その判断を他方でしたり、
他方の顔色を見て先送りしたり、
そのようなことでありません。


幼根期谷城郡(コクソングン)数は
'哭声'で地域イメージが悪くなるだろうという憂慮に全南(チョンナム)日報に
寄稿文を送りました。
"'哭声'を見て恐怖があたえる楽しみを
感じた方ならば必ず哭声にきて
温みがあたえる楽しみある裾でも入れて
行ったら良いだろう"としました。

'パンドラ'をさらに遅くなる前に見ることができたらと思います。
'パンドラ'に対する姿勢が哭声郡守の姿勢と違うところがなくなるように願います。




難しい立ち位置にいる「パンドラ」
ですね。。。。
やはり、投資段階から撮影地に至るまで
数々の困難があって大変だったんですね。
撮影地の事は記事にもなったりして
あと、エキストラのギャラの事で
もめたりもありましたよね、、たしか。
いろいろと波乱含みな映画では
あると思いますが。。。

先の記事もこの記事もマスコミの
反応はとても好意的で良かったです。

封切りされれば、
吉とでるも凶とでるも観客次第。

原発との関係性が深い人達は
よく思わないだろうし
いろんな人がいるし、地震もあったりで
「今、この時期に無駄に不安を煽る内容」
という評価も出てくるでしょう。

でも先の記事でもあったように
真実を知りたい、安心安全という表面的な
言葉では全然安心できない
という庶民の方が多いのではないかと
そこに期待します。

でも、あくまでドキュメンタリー映画じゃないんですよね。
それこそ「マイケル・ムーアじゃねぇよ」
ですよね笑
ヒューマニズム含め、たぶん
エンタメ性もある作品だと
思うので反原発の事だけに着目して
頭でっかちになるのも
ずれてるのかなって感じ。

なんにせよ、まず封切りされないと。。。
これだけ豪華俳優揃えてて。。
あっ、この記事中一箇所だけ不満あり。
「事件解決のために孤軍奮闘する
大統領キム・ミョンミン」ここ。
あくまで主演はキム・ナムギルですからf^_^;)
脳内変換しておきます。
「事件解決のために孤軍奮闘する
原発技師キム・ナムギル」に。





















[2016/09/27 15:21] | 出演映画 現代もの | トラックバック(0) | コメント(0) |
パンドラに期待!
最近、目を病んでいて(片目の角膜に傷と炎症)PCやスマホをみる時間を最小限に
しようと思うのですが、すごく難しいですね。。。。
仕事ではずっとPC使っているし、余暇ではスマホメインだし。
そんな目病み状態ですが、ブログ更新していないと気になってしまいます。

この記事すごく、興味ぶかいですよね。パンドラの記事です。
元記事はこちら

マスコミになった韓映画...今度は「地震」「原発」触れる
ノーカットニュースCBSノーカットニュースのイ・ジヌク記者
2016-09-21 06:02
慶北慶州地域の相次ぐ地震で安全点検のために手動停止の状態である
慶州月城原子力発電所が20日高波の前から見えている。
(写真=ユンチャンウォン記者/ノーカットニュース)

「平和を実現するには、大衆が原発を自分の問題として受け入れなけれならないが、
まだ原発を今日の問題ではなく、明日の問題と考えているようです。
もちろん、事故が起こればすぐに、今日の問題になります。しかし、さらに事故が起きても、
事故が起きたその地域の問題に限定されるという悪循環があるようです。
" - 本「福島以後の人生」の中で

慶北慶州で19日、再び規模4.5の余震が発生した。
先に12日に発生した規模5.8の強震に続くものであり、韓半島の地震に対する恐怖が広がっている。
さらに、地震が起きた慶尚北道東海岸地域には、原子力発電所が密集している。
2011年東日本大震災による福島原発の爆発事故が海の向こうの話だけではないという
懸念の声が大きくなる理由だ。

韓国は、世界最高の原発密集国に挙げられている。韓国水力原子力によると、
2016年9月現在、韓国では24基の原発が稼働中である。
ここでは6基の原発が追加で建設中、4基の建設計画が政府の電力需給計画に反映されるなど、
増加傾向にある。特に最近地震が相次いでいる慶尚北道東海岸には、慶州月城原発6基、
蔚珍ハンウル原発6基、蔚山リング・新古里原発6基など原発施設が大挙集まっている。

韓国水力原子力側は地震による影響もなく、原発が安全運転中であると明らかにしているが、
国民は簡単に不安感を払拭できずにいる状況である。

福島原発事故の韓国と日本の知識人たちの
座談内容を盛り込んだ本「福島以後の人生」(ハン・ホング外・バンビ・2013)は、
原発を「犠牲のシステム」と規定している。

「このシステムは、他人の生活や生命、尊厳などを犠牲にした上でのみ利益を出して
維持することができるシステムです。ここで、その利益を取って維持する者は、
最終的に国家権力や資本です。
国家が国民を騙し、放って、国民以外の存在を無視する問題は、各国の原発推進勢力が共有する特性です。
さらに、原発だけでなく、核兵器の問題を含めて、核をめぐる政治、経済、軍事システムが持っている
本質ではないかと申します。 " (77ページ)

セウォル号事件と重なる「トンネル」、親日清算という過去の問題に触れる「暗殺」と「密偵」、
政治・経済・言論権力の癒着を皮肉った「インサイダーたち」など、韓国社会の敏感な問題を引き出して
大衆に発表している映画界で、今回は、原発の問題を触れる。
来年正月頃封切りが予定された映画「パンドラ」の話​​だ。

100億ウォン台の制作費を入れた「パンドラ」(監督パク・ジョンウ)は、
大地震後、原発の冷却パイプひずみに放射能が流出する危機的状況で奮闘する彼らの姿を描く。
朝鮮半島が原発安全地帯ではないメッセージを含んでいることなのに、
この過程で「原発マフィア」と呼ばれる関連会社・公務員の癒着など原発不正扱うことが分かった。
俳優キム・ナムギルが原発エンジニアを、キム・ミョンミンが大統領を演じる。

◇「韓国災害映画は「セウォル号」以前と以後に分けられる "


大衆文化評論家ファンジンミ氏は20日、CBSノーカットニュースに
「李明博政権中盤期から言論弾圧がとても激しくなり、メディアの調査報道番組が減り、
放送局内部で戦いながら解職された人も多かった」とし「そのため、以前であれば調査報道で
手を出してたセウォル号に関連の話などが扱われていない。李明博政権の言論弾圧が成果を収めた後、
TVが持っていたジャーナリズムの性格が今まで試験状態にある」と伝えた。

「そのような状況でも、とにかく人たちには、現在起こっている社会問題を知ってほしい
という願いがあり、そのようなニーズがある状態で、それをどこで、
何に吸収することができるかとしたとき、映画を作る人々がこれを多く受け入れました。
実際にそのような映画が表示されたときに人々が即時に反応を見せながら、
社会問題に対処することが一般化されたしね。
それカタルシス的に扱うのか、告発の次元で扱うか、それよりもはるかに深刻化した形で
扱うかという選択の問題はありますが、いずれにせよ、社会問題映画の中に吸収して
それに対処することが興行に役立つだけでなく、観客のニーズにも合致することである
という認識が映画界内にあるのです。」

彼は「現在の地震、原発関連の主要メディアの報道を見ても何の根拠もなく
「安心しろ」「大きなことは起こらないだろう」とだけ話したら、人々は、
より安心することができない状態になっただろう」と指摘した。

「現在、人々は韓国の原子力発電所が今のようにたくさん必要でないのは知っている。
それにもかかわらず、誰かの利益のためだったのか(原発を)続けて建てていて、
減らさないということくらいは知っているのです。
映画「パンドラ」が製作された時点では、韓半島の地震の問題がありませんでしたが、
今では強力な警告として近づいています。
「パンドラ」が映画「海雲台」(2009)のように災害が起きた時の光景を描くことに
重点を置くこともできますが、そうではなく、はるかに深く「災害の性格が何なのか」
「災害が起きたときの国の対策はどのように行われるのか」というものまで掘り下げることもできるでしょう。」

            〜中略〜(セウォル号の事件以降、制作側にとっても客側にとっても災害映画の性格が変わった。
災害映画を作るとき、社会問題を除いては扱うことができなくなった。という内容)
彼は歳月号以降の社会的環境の中で、原発問題を扱うことが映画「パンドラ」で話を続けた。

「このような状況では「パンドラ」が原発の話を扱う場合、はるかに深く扱うしかないでしょう。
そうではなく、ハリウッドの災害映画のようにいくつかの英雄が現れて」「全て守った」は、式や、
国の官僚が殉職し、共同体を守って出した日本の災害映画の方法で
扱ったならば韓国の観客たちの立場では、現実との乖離が大きすぎて見づらいです。
災難映画は、資本が多く入る、ハリウッド・日本災害映画のように事件を扱っては
損益分岐点を越えられないんです。だからはるかに具体的に社会問題を受け抱えた状態で、
これを扱うしかない。
社会問題をあまりにも深く取り上げると頭が痛くて、
人々が見ないということを念頭に置いて
どの線までは深く扱って与えるしかなくなったのです」



パンドラ公開は来年正月ごろなんですか?←おっと
韓国の旧正月ソルラルだったら1/28だ(1/27-30まで休日だって)
しかし、確定ではないようですが。

最初にこの映画の内容を聞いた時、吉と出るか凶と出るか
どちらにしても、どっちかしかないような感じだなと思いました。
日本でも昔、私の大好きな忌野清志郎の原発批判のCDが
最初、東芝EMIからは発売禁止になりました。
東芝が原子力事業に携わっていることから東芝EMIとしては
『大株主である東芝の進言(発売よろしくないという)を
無視するようなことはできない。』という
理由からでした。私は今はサラリーマンの妻だから多少はわかるんですけど
でも。。。。。。当時学生だった私には大いにびっくりな出来事で
表現の自由は普通にあると思っていたのに
それが当たり前ではなかったことになんかよその国の出来事のような感じがしました。
パンドラは、、、、上映中止なんてないと思うけど。


『「原発マフィア」と呼ばれる関連会社・公務員の癒着など原発不正扱う』んですね。
意義のある映画じゃないですか。
それでいて、ナムギルがするんだからヒューマニズムもあると思う。
大衆は本当のことが知りたいんですよね。
パンドラ ファイティン!!

[2016/09/23 18:38] | 出演映画 現代もの | トラックバック(0) | コメント(0) |
秋夕も終わり...
漢陽都城エッセイの記事の途中ではありますが。。。。


韓国では今日で秋夕(チュソク)の連休も終わりの方が
多いんでしょうか。ナムギルはファンカフェから
秋夕の贈り物をたくさん貰ったようですね。
韓牛やフルーツバスケット、秋夕らしくお餅、など
食品も多かったので、それらが食卓にのぼり賑やかに
家族や親戚で食卓を囲んだりしたのかな?
したんでしょうね!
ゆっくりお休みできてたなら、何よりです。

日本公演までは、牛のように働いていたナムギルさん。
それなのに私たちファンのこの枯れ果てた状態は
とりためた映画が1本も公開されていないからですね。
私の中では寝かせていいのはワインだけだと思うんだけどね。

どんな大人の事情でタイミングをはかっているのか
わかりませんが年内に1本は封きられるとよいですね。

子供の頃にやった大縄を思い出しちゃうんです。
回し手が二人のあれです。パッと瞬間で縄の中に入ると
何も難しくはないんですが、タイミングをみはからいすぎると
宙に弧を描く縄を何度も見送って顎が上下するぐらい
見送っても跳べなくなったりするんですよね。

同じ俳優の作品を同時期に公開することはないので
1本ずつだとしてかなり長期戦ですよねー。

次の作品をどう選んでいるかも気になりますね。
ナムギルさんって作品選び上手じゃないですか。
いい作品に出ますよね~✨私も韓国映画だいぶ
観るようになって思ったことはこんなスターが何で
こんな映画のこんな役やっちゃったのっていうのもたまに
あって.....韓国では日本より映画が
娯楽として浸透してるのかな。映画館もいっぱいありますよね。
映画の本数も多いと思うんですが玉石混交というか。
その中で良いものを選ぶのは時間がかかるとは思うのですが。
前にみた芸能記事で「次の次でもいいから」というオファーが
絶えないというのがあったぐらいなので、選びやすいと
言えるんじゃないでしょうか。(映画のみならず、ね)


だから。。。。ねぇ( ・3・)




[2016/09/18 21:14] | その他 | トラックバック(0) | コメント(2) |
ナムギル漢陽都城エッセイ1 続き

分離水門(二間水門)乙支路6街18番清渓川の行き来水門のすぐ南に都城の城郭を
通過する水門である。日本植民地時代京城運動場が入って姿を消して、
今では東大門歴史文化公園内に復元されて残っている。

背が母の膝に触れた小さな時代、母の歩幅に合わせて走るようにかけたその道

漢陽都城の内四山から始まって山の稜線に沿って流れ流れて、また漢陽都城の
分離水門を通じて入ってきた水路どこでも席を取るのは母親たち。
子供達は、そばでバタ足にして、その時から本格的に選択棒を叩いて垢を除いている。
それでは何日も経たない内に肩から腕まで休まずに降りてくる痛み。
それでも休まずペチャクチャと話に花を咲かせて、白い木綿の服を
もっと白くした女性たち。私たちの母。

半日の時間が経って自分の胴体だけあるざるを頭に乗せて、子供はとても
楽しく遊んで両頬が赤く焼けて家に行く道。事実このまま仕事が終わるわけがない。
またアイロンをかけてシワを伸ばし、太陽の下で乾燥し、きちんと畳んで
おかなければならないだろう。そして、とてもお腹が空いて世の中の
すべての食べ物の名前をはしゃいでいる子供そのそばをゆっくり歩きながら
その名前を逐一聞き入れた人。そのすべてのお母さんが子供と一緒に歩いた道。
初めからその道はあまりに身近にあった。


五間水門。東大門から中区乙支路6横行く城壁の下、清渓川6街にあった朝鮮時代の
水門である。1907年、日帝が清渓川に水がよく流れるという名目で五間水門を
すべて壊してしまってコンクリート橋に交換したがのちに、その上の城が毀損され
一緒に消えた。今では同じ場所に五間水橋が復元されてたてられている。


漢陽都城を歩きながらその痕跡に会って私は何故母さんを思い出したのだろうか

ソウルの都心河川、清渓川の橋ごとに残っている洗濯場の痕跡。
漢陽都城が切れたように続く清渓川は、昔のソウルの人たちの遊び場であり
洗濯場だった。白岳山の白雲洞川で始まり、東大門五間水門を通じて
流れ出した私の川が漢陽都城と共に大切にしてきた私たちの話。
その消えた道のどこかで知ることができない優しさが押し寄せてくる。


多分また他のお母さんも疲れたのだ。
座っていてるだけで汗がしたたるある夏の日、赤ん坊末っ子と遊んでくれている
うちに大きな子供がつい眠り込んだ。その間、団扇であおいてくれた母。
そうするうちに彼女自身もいつの間にか仮寝に入る。
その静かであたたかかった度量で、その後いつまでも子供の時間をかばって
抱いてくれた人、お母さん‥





(続く)
[2016/09/15 16:43] | Gil Story |
ナムギル漢陽都城エッセイ1



毎日のように似たような時間が過ぎ去る。時にはそのように退屈だが、また
慰めになる日常だ。その中で、私たちが普段に歩いた道を考えてみる。

私たちが味を思い出せば、味覚に依存するように記憶もまた、普段止まっていた
空間を通じて行われる。

毎日習慣のように過ぎた家に行く道。あの路地に入った小さな店、バス停、公園で
自ら自覚しないうちにその風景は心中深く刻まれている。
そんな日常に位置した大小の記憶はその道、隙の合間合間に刻印される。
そのように私たちの時間が、記憶が作られる。

しかし、今都心の中の定型化されて一列に祭壇になった道の上の小さな隙間一つ
みつけるのは容易ではない。いつの間にか道はそのまま道で、
日常の行路の中で最も早く行き過ぎる存在になった。
だからゆっくり、じっくり道を歩くことは呼吸することのように重要である。
そんな完全な時間を享受して、本当の人生を生きていくためには再びゆっくり
歩かなければならなかった。

今呼吸するように、ゆっくりと歩いていた時はいつだったかわからない。
それでなんだかもの悲しくなる。ふとこのまま時間旅行に行くことができればどうかと
いう考えもしてみた。

そんなに他の時空間に行くことができたら新しい道に会えないか?

そのように切に今までとは違う道を夢見るようになる。
これにより、間違いなく一緒に歩くだけでも心強かったその道を
思いだす。昔持っていたが、今は失われた家に帰る道。
当たり前で平凡だったが実際は特別だった同行。
背が母の膝に触れた小さな時代、母の歩幅に合わせて
走るようにかけたその道。

その昔。このスンソンが出した道とともに呼吸した人々を考えてみる。
清渓川につながるスンソン道には数え切れないほどいつも誰かの母親がいる。
その時も家の中で最も忙しかった人、お母さん。その日も間違いなく
家族中の人たちに真っ白な服を着せる準備をしたろう。
お母さんは頭に洗い物を乗せて一方の手で子供の手をしっかり取って
村川辺に向かう。




突然ですがここで一旦、切ります。
思ったより時間がかかったのでゆっくりできる時じゃないと
難しいな。でも、じっくりとナムギルの書いたものと向き合うのは
幸せな時間でもあります。

エッセイの最初の方で昔歩いた道、その風景と記憶が
リンクしているというような内容がありますが
私も似たようなことを感じたことがあります。

小学生の頃の通学路が現在通勤の電車の中から見えるのですが
この道がチラッと通りすがりに見るだけでも全然変わっていないのです。
空き地がそのまま空き地というのは結構奇跡的だと思います。
そしてその空き地の先に二股に分かれた道があるのですが
そこを大人になって最初に電車から見た時に、遠い記憶が即座に蘇りました。

女の子3人で一緒に帰っていたのですが私以外の二人は
二股に分かれている道で別れて帰るんですね。
私はどちらの道からも帰れるけど二人はそれぞれの道でしか
帰れないルートなわけです。二人とも一人で帰りたくないからどちらが私と一緒に
帰るかで軽く喧嘩になるわけです。「こっち来て私と一緒に」と腕を両方から
引っ張られる状態です。それが毎日なので私も困ってしまい
「今日はAちゃん次はBちゃんと交互に一緒に帰るっていうことで
いいでしょ?」ということにしたのですが(私、何様?って感じですが笑)

その事を母に話したところ、「それはお前が人気があって取り合いに
なっているわけではなくAちゃんとBちゃんの競り合いなんだよ」
つまり、私を利用したAとBの(女の)戦いなんだと言われました。笑
今でも覚えているというのはそれが「なるほど!」と鮮烈に思ったからでしょうね。
その時は小学校の3年か4年かぐらいでしたけど、そんな子供に
そんな事言うかね〜と今思えば母も面白いなと思うのですが。
もしかしたら母も同じような事で身につまされてたのかもしれないですね。
大人になってもそういうこと、多少はありますからねぇ〜(爆

ナムギルのエッセイより自分の話が長くなってすみません(。-_-。)
そんな風に、子供の頃の道を歩いて時間旅行したくなりました。
他にも何か思い出すかもしれないですね。









[2016/09/15 13:55] | Gil Story |
ソウル漢陽都城10人10色プロジェクト日本語版
ハートファンディングあっという間に200万達成。
ハートファンディング2話が9月20日に(火)に連載されるそうで、
「毎週火曜日はハートファンディングで
会いましょう〜」との事ですね。


ソウル漢陽都城10人10色のプロジェクト
エピソード01日本語ヴァージョンもyoutubeのほうに
アップされましたね。



当ブログのこちらにも書いたんですけど、
この城郭を間近に感じてみると自分が結界の中にいるような
不思議な気持ちがしました。
私は自国の城壁じゃないので不思議と感じただけでしたが韓国人であるナムギルさんは、
み守られているような母性を感じたと
いう事でしょうか。。。



[2016/09/15 08:50] | Gil Story | トラックバック(0) | コメント(0) |
ハートファンディング



Gilstoryのハートファンディングが
進行中ですね。
Daum、カカオトークのアカウントを
お持ちの皆さまポチってますかぁ~
私もポチっています、、というか
連打するよねぇ。
スーパーファミコン世代だから
連打得意なんだよ(笑
(高橋名人っていたよね)

アカウント作ってない方は
「果報は寝て待て」ですね。
数秒の間にもカウンターがめまぐるしく
数を刻んでたのできっと
もうすぐ200万個いくことでしょう。

200万いったらこれ↓ですね。

ハート2,000,000個を集めてください!
キム・ナムギルが直接ナレーションした
<漢陽都城の全ての区間オーディオガイド>を
皆が使えるように、無料配布します。




そういえば、漢陽都城のナムギルエッセイ
も公開されましたがまだブログに
あげていませんでした。
そのうち自分の備忘録としても
残しておかなければ。

私、ここ最近毎日のように韓ドラ「未生」
(ミセン)を観てたこともあり
ブログ若干放置でしたf^_^;)
先日、観終わりましたが感動的でした。
また感想などもあげてみたいと思います。

あっ、そういえば公式FCギルボによるとナムギル所属事務所
オーエンエンターテイメントが9/12付けで移転らしい
ですね。知らなかったわ~。
[2016/09/10 23:37] | ナムギル | トラックバック(0) | コメント(2) |
久しぶりにお酒もたくさんのんだ
帰り道。。。。
とりとめのない話も
ため息混じりだったり。
10年前とも20年前とももちろん
30年前とも違う人生と
状況だけど、かわらないものも
たくさんあって、それがありがたく
嬉しい夜。

心は強く、身体も健康で私たち
このままいこう。

[2016/09/03 23:35] | 日々 | トラックバック(0) | コメント(0) |
gilstory 9月の話し
ナムギルの文と写真による
9月のイヤギ



無言の力

文・写真:キム・ナムギル(映画俳優)





時間の重さをかろうじて耐えるのではなく、 喜んで生きていくようにさせること






なるほど。その為に私も外国人ながら
そして微力ながら協力させて頂きたいと
思っています^ ^

[2016/09/02 21:41] | Gil Story | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム |
キム・ナムギルまみれ


プロフィール

MINA

Author:MINA
韓国俳優キム・ナムギルが
好きすぎる私の毎日は
キム・ナムギルまみれ

そんな私の日記ブログです

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

フリーエリア

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR