ナムギル漢陽都城エッセイ4 続き
昔の道は途絶えて久しい
そうだ。 すでにその時代の昔の道は途絶えて久しい。
水路の流れのように途絶えたのになく、果てしなく続いていたその流麗な道は消えた。
それならいつかは、完全な漢陽(ハンヤン)都城を私たちは再び会えるだろうか
もし、漢陽(ハンヤン)都城の完全な姿というのが原型が保存されていた城郭都市そのものなら,
私たちはすでに失われ、再び取り戻すことはできもない。
今になって道路が開通して他の建物が建てられたところに城壁を無条件に再び積むことはできない。
たとえ多くの時間をかけて新たに積み上げるのにも、果たしてその道が
本来のその道と言えるだろうか?
それなら、漢陽都城がそのまま保存されなかったことについて私たちは何を残念がっていくべきだろうか。

今も森の中深く位置して昔の面影が比較的そのまま残った区間がある。
しかし、お互いに繋がっていない。
城門と城門の間が断絶されたまま城門の両側の城壁は
当然のこととしても断たれている。
だからなんとなく行き過ぎた都心の真ん中に立っている昔の城門が
非常に急に見えたりもする。
たいてい城門かも知らずに見過ごすことが容易だ。
実際の漢陽都城探訪を通っても、どこからどこまで城壁なのか、混乱した場合が多い。
そのおかげで城壁が続いていた本来の姿を想像してみる楽しさがあるというが、
現代式建物や道路に押されて放置されているように残っている城壁を見ると、
それでも幸いだと考えなければならないか、
あまりにも遅れていると考えなければならないだろうか。
遅すぎることはないだろうか。

もうずいぶん前から漢陽都城は取り壊されてきた。
電車路線が敷かれ、興仁之門、敦義門、崇礼門周辺の漢陽都城が壊され始めて、
日帝強占期に都市計画を名目に城郭のあちこちが取り壊された。
以後には、急激な都市化の進行で城郭がさらに建物の塀に使われるか、破損される場合もあった。
そのすべての喜怒哀楽を抱いた漢陽都城の道はそのように長い間消えてきた。
果たしていつまでこの道を歩きながら記憶できるかといった不安感はスンソンを
歩きながら得られる喜びと同様に大きくて深い。


しかし、一度その道を歩くとすでに情が沸いて再び訪ね図にはいられない道、
そのスンソンが出した道を歩いていれば日常の中に息を潜めていた
感情がして浮上する瞬間がある。
ここからどれくらいもっと漢陽都城が続くかまた、切れるか
心配してまた失望したりもした時、
再び忘れないでその座を守っている城門の姿に
全身が自由になるようにすっとした瞬間、
いつのまにか見えない道を見つけて心の窓にその道を描くこのスンソン遊びを楽しむようになった瞬間、
漢陽都城はすでにその一つの心の中に復元されて生々しく生きて呼吸し始める。

その行路の中に盛り込まれたすべての喜怒哀楽

結局、まだ私たちがこの道を歩んでいるというのは、この道を歩むという件、そして今、
漢陽(ハンヤン)都城を眺めはじめているということは、
すでに漢陽都城の完全な復元が始まったのと変わらないのだ。
ただ、これからは消えた城壁の跡と消されたそのすべての旧道をどのように歩いて、
どのような話を聞かせてくれるのかは互いの役割だ。
誰か定めた行路通りに進まず、自ら探して質問して、一緒に話し、消えた漢陽(ハンヤン)都城を探すことを願う。

漢陽都城のどんな風景の前で立ち止まり、何を感じて思ったのか、
再び、今、私たち一緒に話したい。
漢陽都城と変らず一緒にすることのできる現代の言葉だ。
byキム・ナムギル

[2016/10/13 15:10] | Gil Story | トラックバック(0) | コメント(0) |
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