韓国旅行思い出し日記3-2
ところまででした。
城郭を見ました。積まれた石で時代がわかるということでした。

一番下に積まれた、小さめの角が丸い石は太祖5年(1396年)ごろのもの。
次の少し大きめで、間に小さい石がはめ込まれている部分は世宗4年(1422)年ごろのもの。
そして一番上の正四角形の石が粛宗30年(1704年)ごろのものということでした。

各門をつなぐように巡らされた城郭、私がいつもいるソウルがこの結界の中に
あるんだという視点でみると、不思議な気持ちになりました。
次に訪れたの崔淳雨(チェ・スヌ)旧家。
国立中央博物館の館長を歴任し、韓国美術の発展に生涯を捧げた崔淳雨の旧家。
建物はロの字型をしているが、これは京畿道(キョンギド)地方の典型的な
韓屋様式だそう。
建立年度は1930年代と見られている。(konestより)
崔淳雨(チェ・スヌ)さん1916-1984の生涯で1976年から亡くなるまで過ごした
家だそうです。

「午睡庵(亭?)」と名付けられている通り、穏やかな時が流れているような
住居で、落ち着く場所でした。

国立中央博物館の元館長さん宅ということもあってか訪れた時も焼き物の
個展みたいなのをやってました。
お庭が素敵でした。野山そのものの自然の姿を大切にした庭の作り方だそうで
書斎から窓の外を見ればまるで山にいるような趣きがあります。
そしてここの庭の片隅にもカメが。もう中身は入っていませんが、外に置かれたこういう
カメにはコチュジャンなんかが仕込んであるんだそうですね。時々、蓋を開けて陽にあてるそうです。
それとここで気になったのはオンドルが真っ白だったこと。
韓国の昔ながらの床暖房システム?オンドルですが、黄色いのしか見たことなかったんですけど
ここのオンドルは真っ白だったんです。ガイドさんに聞いてみると、メンテナンスとして
薬剤を何度も塗り込んであの黄色になるとのことで最初は白いって仰ってました。
美術の専門家はやはり趣味の良い家に住んでいるんだなと納得する住居でした。
更に下って行くと道路沿いに先蚕壇址(ソンジャムダンジ)がありました。

初めて養蚕を行なったといわれる中国古代の王妃を蚕神として祀り、祭礼を行なった場所(konestより)
同じ木が植わってるなぁと思ってみていたらやはり桑でした。
蚕がついてる地名ってありますよね、チャムシル(蚕室)とか。。。
それは養蚕など昔、蚕の何らかに関連してた土地ということでした。
前から気になっていた蚕についての疑問をガイドさんに聞いてみることに。
さなぎ料理、ポンテギってありますよね。屋台や飲み屋で見かけるあの茶色いさなぎ。。
それって、料理用に養殖してるのか糸をとった後のさなぎなのかが
気になっていたのです。聞いてみると、養殖ではないというお答えでした。
ガイドさんは、韓国人だけど辛いものが苦手で辛い韓国料理は食べられないそうですが
ポンテギは食べられるそうです。「主人が不思議がるんですよ」と笑ってました。
小さい時に、食べていたので今も食べられるんじゃないかということでした。
やっぱり小さい時の食生活って大事ですね。大人になってから食べられるように
なるものもありますけどね。
さて、次はこの城北洞めぐりの最終地点「吉祥寺(キルサンサ)」へと
向かいます。とても良かったんです、ここは。。。。
続きはまた。。