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ナムギル漢陽都城エッセイ1




毎日のように似たような時間が過ぎ去る。時にはそのように退屈だが、また
慰めになる日常だ。その中で、私たちが普段に歩いた道を考えてみる。

私たちが味を思い出せば、味覚に依存するように記憶もまた、普段止まっていた
空間を通じて行われる。

毎日習慣のように過ぎた家に行く道。あの路地に入った小さな店、バス停、公園で
自ら自覚しないうちにその風景は心中深く刻まれている。
そんな日常に位置した大小の記憶はその道、隙の合間合間に刻印される。
そのように私たちの時間が、記憶が作られる。

しかし、今都心の中の定型化されて一列に祭壇になった道の上の小さな隙間一つ
みつけるのは容易ではない。いつの間にか道はそのまま道で、
日常の行路の中で最も早く行き過ぎる存在になった。
だからゆっくり、じっくり道を歩くことは呼吸することのように重要である。
そんな完全な時間を享受して、本当の人生を生きていくためには再びゆっくり
歩かなければならなかった。

今呼吸するように、ゆっくりと歩いていた時はいつだったかわからない。
それでなんだかもの悲しくなる。ふとこのまま時間旅行に行くことができればどうかと
いう考えもしてみた。

そんなに他の時空間に行くことができたら新しい道に会えないか?

そのように切に今までとは違う道を夢見るようになる。
これにより、間違いなく一緒に歩くだけでも心強かったその道を
思いだす。昔持っていたが、今は失われた家に帰る道。
当たり前で平凡だったが実際は特別だった同行。
背が母の膝に触れた小さな時代、母の歩幅に合わせて
走るようにかけたその道。

その昔。このスンソンが出した道とともに呼吸した人々を考えてみる。
清渓川につながるスンソン道には数え切れないほどいつも誰かの母親がいる。
その時も家の中で最も忙しかった人、お母さん。その日も間違いなく
家族中の人たちに真っ白な服を着せる準備をしたろう。
お母さんは頭に洗い物を乗せて一方の手で子供の手をしっかり取って
村川辺に向かう。




突然ですがここで一旦、切ります。
思ったより時間がかかったのでゆっくりできる時じゃないと
難しいな。でも、じっくりとナムギルの書いたものと向き合うのは
幸せな時間でもあります。

エッセイの最初の方で昔歩いた道、その風景と記憶が
リンクしているというような内容がありますが
私も似たようなことを感じたことがあります。

小学生の頃の通学路が現在通勤の電車の中から見えるのですが
この道がチラッと通りすがりに見るだけでも全然変わっていないのです。
空き地がそのまま空き地というのは結構奇跡的だと思います。
そしてその空き地の先に二股に分かれた道があるのですが
そこを大人になって最初に電車から見た時に、遠い記憶が即座に蘇りました。

女の子3人で一緒に帰っていたのですが私以外の二人は
二股に分かれている道で別れて帰るんですね。
私はどちらの道からも帰れるけど二人はそれぞれの道でしか
帰れないルートなわけです。二人とも一人で帰りたくないからどちらが私と一緒に
帰るかで軽く喧嘩になるわけです。「こっち来て私と一緒に」と腕を両方から
引っ張られる状態です。それが毎日なので私も困ってしまい
「今日はAちゃん次はBちゃんと交互に一緒に帰るっていうことで
いいでしょ?」ということにしたのですが(私、何様?って感じですが笑)

その事を母に話したところ、「それはお前が人気があって取り合いに
なっているわけではなくAちゃんとBちゃんの競り合いなんだよ」
つまり、私を利用したAとBの(女の)戦いなんだと言われました。笑
今でも覚えているというのはそれが「なるほど!」と鮮烈に思ったからでしょうね。
その時は小学校の3年か4年かぐらいでしたけど、そんな子供に
そんな事言うかね〜と今思えば母も面白いなと思うのですが。
もしかしたら母も同じような事で身につまされてたのかもしれないですね。
大人になってもそういうこと、多少はありますからねぇ〜(爆

ナムギルのエッセイより自分の話が長くなってすみません(。-_-。)
そんな風に、子供の頃の道を歩いて時間旅行したくなりました。
他にも何か思い出すかもしれないですね。